2007年12月20日

団藤重光先生

今朝の朝日新聞朝刊に、国連で死刑執行停止を求める決議が採択されたこと、鳩山法相が死刑執行に関して様々なコメントを出していること、に対する団藤重光先生(東京大学名誉教授、元最高裁判所判事)のコメントが掲載されていました。

在職中は死刑廃止議員連盟の幹事として活動をしていましたので、御年94歳の大先生(というか、神様みたいな人です)が相変わらず論陣を張っておられる事を大変嬉しく思うと同時に、活動が十分に出来ていない自分を不甲斐なく思いました。

死刑を廃止するのか存置するのかというのは、なかなか結論を出しにくい(私からすれば、廃止を説得しにくい)問題です。勿論、私は自信と確信をもって廃止論の立場を採っていますが、「じゃあ、自分の息子が殺された場合、アンタはどうするんだ。」と感情的に口撃?をしてくる妻を未だに言いくるめられない(笑)情けない状況にあります。

この記事の中で、団藤先生は、世論の大勢は存置論にあるから政治はそれに従うべきではないかという趣旨の質問に対して、政治とはそういうものでなくて、川が決壊して水が流れ出ているのを堤防を作って誘導するのが政治の役割だ、とコメントをされています。有名な『死刑廃止論』(有斐閣)のはしがきに、「デモクラシーはデマゴギーではない。」という言葉が引用されていますが、同じ趣旨かと思います。

ここでは、なぜ、死刑存置論が「デマゴギー」なのかという主張をすることをあえて避けますが、政治家の本当の役目は何か、という事を改めて考えさせられた思いです。


posted by 村越ひろたみ at 20:22| 閑話休題