2008年03月10日

無題

先日、市民・大学・企業や地域の連携を目指して、様々な立場の方々が一堂に会し、それぞれの代表者がそれぞれの取り組みに関するプレゼンテーションを行い、それに関する討議を行う会合に出席をしてきました。

地元の里川に着目をして、汚染の中にも自然が根を張っている様子を報告された小学生のみなさんや、校歌の歌詞にある「民主」や「平和」に対して思いを致し、中学校の生徒会のみなさんが平和運動に取り組んでいる様子や、市民のみなさんからヒヤッとした場所を報告してもらい、交通事故防止に役立てている市役所の取り組み、悲惨な交通事故の経験を踏まえて、交通事故根絶のために市民が主体になって行政や警察を巻き込んで運動をしている方々から報告があり、それぞれ活発に意見交換がなされていました。

討議の中で、「住民の間で意見の相違が無い問題に関しては、誰がリーダーシップを取っても良いが、住民の間で意見の食い違いがある問題に関しては、住民がリーダーシップを取るべきだ。」との意見がありました。非常に正鵠を射たご指摘で、思わず膝を打ってしまったと同時に、政治の役割に関して大いに考えさせられました。

「鼓腹撃壌」つまり、政治的なるものが、その存在を民衆に感じさせないことこそが天下泰平なのだ、これこそが理想であることは論を待たないと思います。しかしながら、価値観が多様化し、権利義務関係が複雑に交錯した時代にあって、その交通整理を誰かが、しかも縁の下の力持ち的に、担わなければならないと思います。

やはり、現代においては政治や議会がリーダーシップを発揮して、本来の役割を果さなければいけない時代なのではないでしょうか。それも一切のパフォーマンスや他人の業績をあたかも自分の業績のように語るのを抜きにして…。


posted by 村越ひろたみ at 12:43| 閑話休題