2009年04月27日

妻の鼻を明かそう、という社会運動

唐突ですが、自分なりに精一杯育児参加をしているという自負があるのにも関わらず、一向に妻に認めて貰えない世の父親が実は死屍累々としているのではないかと推察しています。

かく言う私も、子どもを風呂に入れる、パンツやロンパースを洗う、たまには鉄道博物館に連れていったり幼稚園にお迎えにいったりしていて、よくやっている方だと個人的に胸を張っているものの、妻の評価は「あなたは何もしていない」の一点張りです。

ある調査によると、育児や家事に追われている主婦の仕事を年俸に換算すると1500万円にも上るそうですから、それが大半の男性の年収を遙かに上回る高額であることからして、育児や家事の「激務」は想像に難くありません。そうだとすると、ベビーシッターを雇うか、何か「シンボリックな出来事」が発生して一時的であるにせよ母親の負担を激減させない限りは父親に対する激辛の評価が「あなたは良くやってくれている」というふうに好転することは到底期待できないでしょう。

もちろん、このご時世にベビーシッターを雇うなんていうのは極めて非現実的なことです。ならば、カネが無いなら頭と体を使え、ということで、「シンボリックな出来事」をコミュニティ単位で実行したら面白いことになるのではないか、と先々週の週刊ダイヤモンド「社会起業家全仕事」特集を斜め読みしていてつらつらと考えた次第です。

例えば、定期的に子育て世代の父親が子どもを連れて集まることで、母親に自由な時間をプレゼントする、ということを大々的に実践したらどうでしょうか。父親は子育ての問題を共有・解決出来るでしょうし、その場に団塊世代の方を講師にお招きして、育児の先輩からアドバイスを頂いたり、竹とんぼ造りを習ったりベーゴマやメンコの遊び方を教えてもらったり、というのは有意義でしょう。

反対に、母親は晴れて子育てから解放されてママ友と食事に行くのもよし、旧友のところに久しぶりに訪ねていくのもよし、といった風に思い思いの時間を過ごせて育児ストレスから解放される、という算段です。そうすることで、父親は「何もしていない」という汚名を晴らして妻の鼻を明かすことができ、ささやかですが、家庭円満につながる仕組ができあがるのではないでしょうか。

こういった趣旨のNPOが既に存在するのかどうかわかりませんが、実現させればある種の社会企業として存在価値があるのではないかと考えています。これを読んだ方で趣旨に賛同される方がおられましたら是非ご一報頂きたいと思います。

本日、09年度補正予算案が閣議決定されるとのことですが、その中には2兆円近くの子育て関連予算が含まれています。過去最大の借金をして組んだ予算であるのにも関わらず相応の実効性があるか甚だ疑わしいと思います。男性の育児参加が積極的に要請される時代にあって、父親の沽券を保ちつつ、母親の育児や家事を軽減させる方法をおカネを使わずに考えるべきではないでしょうか。


posted by 村越ひろたみ at 16:30| 政治放談